「ディープインパクトについて詳しくなりたい」
「もっとディープインパクトを知りたい」
「ディープインパクトの伝説を知りたい」
このように思っている方も多いでしょう。
そこで今回は『デビューからその後の活躍まで』ディープインパクトの全てを紹介していきます。
この記事を読めば、あなたもディープインパクトの凄さを知る事ができるでしょう。
ぜひ最後まで読んでください。
ディープインパクトについて知ろう!
・生年月日:2002年3月25日
・死亡:2019年7月30日
・調教師:池江泰郎 (栗東)
・馬主:金子真人ホールディングス
・生産者:ノーザンファーム
・産地:早来町
・セリ取引価格:7,350万円 (2002年 セレクトセール)
・中央獲得賞金:14億5,455.1万円
・地方獲得賞金:0.0万円
・通算成績:14戦12勝
まずは下記の5点について詳しく説明していきます。
・デビュー戦映像
・ディープインパクトの戦績一覧
・レース別獲得賞金
・ディープインパクトの入札額
・実は2回負けている?
デビュー戦映像
ディープインパクトのデビュー戦は2004年の12月19日阪神競馬場第5レース武豊騎手でした。
その後武豊騎手はディープインパクトの引退まで手綱を握る事になっています。
このレースでは上がり3ハロン33秒1の脚で2着の馬とは4馬身の差を付けて1着で入線。
この時の2着はコンゴウリキシオーだったのですが、その後金鯱賞やマイラーズカップなどで重賞4競争に優勝して、安田記念では2着で入線するなど力を発揮するコンゴウリキシオーに4馬身差でデビューとは既にスーター性を感じます。
さらに、新人戦後に武豊騎手は別のレースの雑誌インタビューで「来年の楽しみな1頭は先週デビューしたばかりのディープインパクトです」と言っていたらしいです。
武豊騎手は新人戦の時点でディープインパクトの凄さに気がついていたのでしょう。
ディープインパクトの戦績一覧
日本競馬史上2頭目となる、無敗での中央競馬クラシック3冠を達成するなど、生涯戦績14戦12勝という歴史的な記録を出したディープインパクトの詳しい戦績は以下の通りです。
開催日 | レース名 | 開催場所 | 着順 | 騎手 | コース・距離 | タイム |
2004年12月19日 | 2歳新馬 | 阪神 | 1 | 武豊 | 芝2000m | 2:03:8 |
2005年1月22日 | 若駒S | 京都 | 1 | 武豊 | 芝2000m | 2:00:8 |
2005年3月6日 | 報知杯弥生賞 | 中山 | 1 | 武豊 | 芝2000m | 2:02:2 |
2005年4月17日 | 皐月賞 | 中山 | 1 | 武豊 | 芝2000m | 1:59:2 |
2005年5月29日 | 日本ダービー | 東京 | 1 | 武豊 | 芝2400m | 2:23:3 |
2005年9月25日 | 神戸新聞杯 | 阪神 | 1 | 武豊 | 芝2000m | 1:58:4 |
2005年10月23日 | 菊花賞 | 京都 | 1 | 武豊 | 芝3000m | 3:04:6 |
2005年12月25日 | 有馬記念 | 中山 | 2 | 武豊 | 芝2500m | 2:32:0 |
2006年3月19日 | 阪神大賞典 | 阪神 | 1 | 武豊 | 芝3000m | 3:08:8 |
2006年4月30日 | 天皇賞・春 | 京都 | 1 | 武豊 | 芝3200m | 3:13:4 |
2006年6月25日 | 宝塚記念 | 京都 | 1 | 武豊 | 芝2200m | 2:13:0 |
2006年10月1日 | 凱旋門賞 | フランス | 失格 | 武豊 | 芝2400m | |
2006年11月26日 | ジャパンC | 東京 | 1 | 武豊 | 芝2400m | 2:25:1 |
2006年12月24日 | 有馬記念 | 中山 | 1 | 武豊 | 芝2500m | 2:31:9 |
受賞したJRA賞
2005年
年度代表馬
最優秀3歳牡馬
2006年
年度代表馬
最優秀4歳以上牡馬
獲得賞金は?もし今デビューしていたら?
生涯獲得賞金は14億5455万1000円だったと言われているディープインパクトですが、当時と今では賞金額が変わってしまっています。
2013年有馬記念の賞金は1着で2億なのに対して、2023年からは5億にもなっているので
『もし今ディープインパクトがいたら?』を計算してみようと思います。
レース名 | 着順 | 獲得賞金 |
2歳新馬 | 1 | 700万 |
若駒S | 1 | 2000万 |
弥生賞 | 1 | 5400万 |
皐月賞 | 1 | 2億 |
日本ダービー | 1 | 3億 |
神戸新聞杯 | 1 | 5400万 |
菊花賞 | 1 | 2億 |
有馬記念 | 2 | 2億 |
阪神大賞典 | 1 | 6700万 |
天皇賞・春 | 1 | 2億2000万 |
宝塚記念 | 1 | 2億2000万 |
ジャパンC | 1 | 5億 |
有馬記念 | 1 | 5億 |
上記のことからディープインパクトがもし2023年に活躍をしていたら『25億4200万』を獲得していた事になります。
実は他の馬に比べると伝説の割にディープインパクトは獲得賞金が大きくありません。
それはディープインパクトが4歳で引退しているのが大きな理由です。
ですが1レース当たり平均で1億8000万近く稼いでる事になるので凄い金額ですよね。
ディープインパクトの入札額
これだけの戦績を残したディープインパクトなので、もちろん入札額も大きかったのでは?と思う方も多いと思います。
ではディープインパクトの入札額はいくらだったかというと
入札額7000万
サンデーサイレンスの産駒14頭のうち9番目の落札額でした。
この時は最高落札額が3億5000万だったので、それに比べるとディープインパクトは比較的安い方だったのではないでしょうか。
実は2回負けている
上記でも説明したようにディープインパクトは無敗でクラシック3冠など戦績は輝かしい物ですが、実は2回負けている事はご存知でしょうか。
ディープインパクトが負けたレースは下記の2レースです。
・2005年有馬記念
・2006年凱旋門賞
ではそれぞれのレースを見ていきましょう。
2005年有馬記念
当時3歳のディープインパクトが無敗でクラシック3冠を達成し21年ぶりの快挙を成し遂げました。
そして無敗で4冠に挑んだのが2005年有馬記念だった。
この時のディープインパクトの人気は競馬ファンの枠を越え、日本中を巻き込む競馬ブームを起こしていました。
事前のファン投票でも当然のように1位を獲得。
まさにこの年の有馬記念はディープインパクト一色でした。
それは単勝オッズを見れば一目瞭然です。
1番人気 ディープインパクト(1.3倍)
2番人気 ゼンノロブロイ(6.8倍)
3番人気 デルタブールス(11.5倍)
4番人気 ハーツクライ(17.1倍)
上記の事からディープインパクトが圧倒的人気だったことが分かります。
しかし、結果は4番人気のハーツクライが1着で入線。
ハーツクライはディープインパクト1頭だけを攻略する戦略を練っていました。
完全にハーツクライの戦略勝ち。
この日初めてディープインパクトは敗北を味わうこととなりました。
2006年凱旋門賞
この年は天皇賞・春でも芝3200mのレコードを更新しての勝利や、宝塚記念も2着と4馬身差を付けての快勝だったディープインパクト。
さらに凱旋門賞が行われるフランスのロンシャン競馬場には、およそ6000人の日本人が押し寄せました。
当時のディープインパクトの人気がわかりますね。
結果は重いフランスの芝、遅いレース展開、後方からのマークなど、日本では圧倒的な強さを見せ敵なしと称された名馬が世界最高峰のレースで3着となった。
しかし、2006年も凱旋門賞はこれだけでは終わりませんでした。
約2週間後ディープインパクトから薬物が検出され失格処分となったのです。
凱旋門賞の歴史上初の失格馬としてその名を残す事になりました。
ディープインパクトの伝説とは?
数々の伝説を残してきたディープインパクトですが、特に衝撃を受けた伝説を3つ紹介します。
・ディープインパクトは馬なのに飛ぶ?
・驚愕の支持率
・引退レースの有馬記念
ディープインパクトは馬なのに飛ぶ?
これは騎手の武豊氏がインタビューでディープインパクトの走りをこう表現しました。
走ってるというより、飛んでいた。
これまで紹介した戦績などを見れば疑う余地もないのですが、なぜ飛ぶと表現されていたのでしょうか。
それは競馬評論家の井崎脩五郎さんが見解を述べています。
これまでの一流馬でもラスト200mは26完歩止まりだった。
それをディープインパクトは24完歩で突き抜けたのである。
200mを24完歩ということは1完歩当たり8m33cm。それに対し26完歩だと7m69cmなので、その差は1完歩当たり64cmもある。
これだけの差があるとディープインパクトは、どれだけ強い馬が相手でも10冠歩で6m40cmもの差を付けてしまうのです。
そのためディープインパクトが空を飛ぶように見えるのだ。
それほど衝撃の名馬だった事が分かります。
驚愕の支持率!?
ディープインパクトは生涯レースの単勝オッズの最高が1.3倍、複勝オッズの最高が1.1倍と驚愕の支持率でした。
レース別で単勝オッズを見ていきましょう。
・新馬戦 1.1倍(1.0)
・若駒S(OP) 1.1倍(1.1)
・弥生賞(GⅡ) 1.2倍(1.0)
・皐月賞(GⅠ) 1.3倍(1.1)
・日本ダービー(GⅠ) 1.1倍(1.1)
・神戸新聞杯(GⅡ) 1.1倍(1.0)
・菊花賞(GⅠ) 1.0倍(1.0)
・有馬記念(GⅠ) 1.3倍(1.2)
・阪神大賞典(GⅡ) 1.1倍(1.0)
・天皇賞(春)(GⅠ) 1.1倍(1.1)
・宝塚記念(GⅠ) 1.1倍(1.1)
・ジャパンカップ(GⅠ) 1.3倍(1.1)
・有馬記念(GⅠ) 1.2倍(1.0)
※()内は複勝
2005年の日本ダービーでは単勝支持率73.4%で32年前にハイセイコーが記録した66.6%を上回り、日本ダービー史上最高の支持を集めました。
オッズは、競走馬の人気を表す数字なので、これを見ればディープインパクトの人気も一目瞭然ですね。
引退レースの有馬記念
ディープインパクトのラストランということもあり、2006年の有馬記念には多くの競馬ファンが中山競馬場に押し寄せました。
あまりにも多くの人が押し寄せたため1時間40分も早めて開門したほどです。
さらには列の先頭の人は10日前から並んでいたというほど競馬ファンが英雄のラストランに注目していました。
単勝支持率は70.1%で1957年にハクチカラが記録した76.1%に次ぐ史上2位の記録です。
結果は最後流しながらも2着と3馬身もの差を付けて1着で入線しました。
このレースの勝利で史上3頭目の中央競馬G17勝の最多タイ記録も達成し、2006年の1年間で7億148万8000円の賞金を獲得。
さらにグレード制度導入以降3頭目の2年連続JRA年間獲得賞金1位を獲得しました。
また最終的に2006年通年の世界ランキングも4位まで上げる事ができた。
引退しても実は種牡馬として活躍してた?
ディープインパクトは引退後も種牡馬として活躍しています。
2007年の種付け料は当時の日本で繁殖された種牡馬としては最高額となる1200万で、日本国内の新種牡馬の中では最多となる206頭に種付けを行いました。
その後2008年に産駒が初めてセリに出され、2日間で36頭が登場し、31頭が落札。
最高落札額はビワハイジで2億2000万という高値で落札され、最終的には2日間で産駒の総売却額は19億1000万で1頭当たり平均6161万円で売却されており、2006年のキングカメハメハが記録した17億4500万1頭平均5629万の記録を更新しました。
現役時代これだけ活躍した名馬なので、引退後も種牡馬として活躍していた事は嬉しいですね。
血統が大切と言われる競馬界ですが、ディープインパクトの産駒で活躍していた競走馬を5頭紹介します。
それは下記の5頭です。
・ジェンティルドンナ
・コントレイル
・グランアレグリア
・サトノダイヤモンド
・フィエールマン
ではそれぞれの馬の戦績を紹介していきます。
ジェンティルドンナ
まず1頭目はG1を7勝獲得賞金は歴代2位、さらには2度の年度代表馬も受賞した名馬ジェンティルドンナです。
これまで3頭しか成し遂げられなかった牝馬三冠を獲得。
さらにはジャパンカップ2連覇など、輝かしい戦績を残している名馬です。
生涯戦績 17戦9勝
獲得賞金 13億2621万
主な戦績は下記の通りです。
開催日 | レース名 | 会場 | 着順 |
2011年11月19日 | 2歳新馬 | 京都 | 2 |
2011年12月10日 | 2歳未勝利 | 阪神 | 1 |
2012年1月8日 | シンザ賞 | 京都 | 1 |
2012年3月3日 | チューリップ賞 | 阪神 | 1 |
2012年4月8日 | 桜花賞 | 阪神 | 1 |
2012年5月20日 | 優駿牝馬 | 東京 | 1 |
2012年9月16日 | ローズS | 阪神 | 1 |
2012年10月14日 | 秋華賞 | 京都 | 1 |
2012年11月25日 | ジャパンC | 東京 | 1 |
2013年6月23日 | 宝塚記念 | 阪神 | 3 |
2013年10月27日 | 天皇賞・秋 | 東京 | 2 |
2013年11月24日 | ジャパンC | 東京 | 1 |
2014年2月16日 | 京都記念 | 京都 | 6 |
2014年6月29日 | 宝塚記念 | 阪神 | 9 |
2014年11月2日 | 天皇賞・秋 | 東京 | 2 |
2014年11月30日 | ジャパンC | 東京 | 4 |
2014年12月28日 | 有馬記念 | 中山 | 1 |
コントレイル
2頭目は日本競馬史上8頭目のクラシック三冠を達成した。
さらにはディープインパクトと世界初の親子での無敗クラシック三冠も達成している。
生涯戦績 11戦8勝
獲得賞金 11億9529万
主な戦績は下記の通りです。
開催日 | レース名 | 会場 | 着順 |
2019年9月15日 | 2歳新馬 | 阪神 | 1 |
2019年11月16日 | 東京スポーツ杯2歳S | 東京 | 1 |
2019年12月28日 | ホープフルS | 中山 | 1 |
2020年4月19日 | 皐月賞 | 中山 | 1 |
2020年5月31日 | 東京優駿 | 東京 | 1 |
2020年9月27日 | 神戸新聞杯 | 中京 | 1 |
2020年10月25日 | 菊花賞 | 京都 | 1 |
2020年11月29日 | ジャパンC | 東京 | 2 |
2021年4月4日 | 大阪杯 | 阪神 | 3 |
2021年10月31日 | 天皇賞・秋 | 東京 | 2 |
2021年11月28日 | ジャパンC | 東京 | 1 |
グランアレグリア
2021年に史上初となる古馬の芝マイルG1完全制覇を果たすなど、ロードカナロアと並ぶ1600m以下で歴代最多のG1競走6勝をあげた。
生涯戦績 15戦9勝
獲得賞金 10億7381万
主な戦績は下記の通りです。
開催日 | レース名 | 会場 | 着順 |
2018年6月3日 | 2歳新馬 | 東京 | 1 |
2018年10月6日 | サウジアラビアロイ | 東京 | 1 |
2018年12月16日 | 朝日杯一FS | 阪神 | 3 |
2019年4月7日 | 桜花賞 | 阪神 | 1 |
2019年5月5日 | NHKマイルカップ | 東京 | 5 |
2019年12月21日 | 阪神カップ | 阪神 | 1 |
2020年3月29日 | 高松宮記念 | 中京 | 2 |
2020年6月7日 | 安田記念 | 東京 | 1 |
2020年10月4日 | スプリンターズS | 中山 | 1 |
2020年11月22日 | マイルチャンピオン | 阪神 | 1 |
2021年4月4日 | 大阪杯 | 阪神 | 4 |
2021年5月16日 | ヴィクトリアマイル | 東京 | 1 |
2021年6月6日 | 安田記念 | 東京 | 2 |
2021年10月31日 | 天皇賞・秋 | 東京 | 3 |
2021年11月21日 | マイルチャンピオン | 阪神 | 1 |
サトノダイヤモンド
生涯戦績 18戦8勝
獲得賞金 8億6630万
主な戦績は下記の通りです。
開催日 | レース名 | 会場 | 着順 |
2015年11月8日 | 2歳新馬 | 京都 | 1 |
2015年12月26日 | 2歳500万下 | 阪神 | 1 |
2016年2月7日 | きさらぎ賞 | 京都 | 1 |
2016年4月17日 | 皐月賞 | 中山 | 3 |
2016年5月29日 | 東京優駿 | 東京 | 2 |
2016年9月25日 | 神戸新聞杯 | 阪神 | 1 |
2016年10月23日 | 菊花賞 | 京都 | 1 |
2016年12月25日 | 有馬記念 | 中山 | 1 |
2017年3月19日 | 阪神大賞典 | 阪神 | 1 |
2017年4月30日 | 天皇賞・春 | 京都 | 3 |
2018年3月11日 | 金鯱賞 | 中京 | 3 |
2018年4月1日 | 大阪杯 | 阪神 | 7 |
2018年6月24日 | 宝塚記念 | 阪神 | 6 |
2018年10月8日 | 京都大賞典 | 京都 | 1 |
2018年11月25日 | ジャパンカップ | 東京 | 6 |
2018年12月23日 | 有馬記念 | 中山 | 6 |
フィエールマン
生涯戦績 11戦5勝
獲得賞金 7億926万
主な戦績は下記の通りです。
開催日 | レース名 | 会場 | 着順 |
2018年1月28日 | 3歳新馬 | 東京 | 1 |
2018年4月14日 | 山藤賞 | 中山 | 1 |
2018年7月1日 | ラジオNIKKEI賞 | 福島 | 2 |
2018年10月21日 | 菊花賞 | 京都 | 1 |
2019年1月20日 | アメリカJCC | 中山 | 2 |
2019年4月28日 | 天皇賞・春 | 京都 | 1 |
2019年8月18日 | 札幌記念 | 札幌 | 3 |
2019年12月22日 | 有馬記念 | 中山 | 4 |
2020年5月3日 | 天皇賞・春 | 京都 | 1 |
2020年11月1日 | 天皇賞・秋 | 東京 | 2 |
2020年12月27日 | 有馬記念 | 中山 | 3 |
ディープインパクトに会えるの?
結論から言いますと、現在ディープインパクトに会うことはできません。
理由は2019年7月30日に頸椎(けいつい)の骨折が見つかり、回復が見込めないため安楽死となってしまったからです。
まとめ
以上『デビューからその後の活躍まで』ディープインパクトの全てを紹介しました。
たくさんの競馬ファンからも愛されていた英雄ディープインパクトがさらに好きになったのではないでしょうか。
生涯戦績14戦12勝の脅威の勝率を誇るディープインパクト。
2006年の有馬記念を最後に引退しましたが、引退後も種牡馬として伝説は継続しました。
今でも色褪せる事のない伝説と言えますね。
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